豊岡のここに注目じゃ!「辰鼓楼 平成の大修理って?」
玄武岩の玄さんが堅いテーマも柔らかーく解説
〔市広報 平成29年10月号(9月25日発行号)から〕
谷山川に出石焼の風鈴を聴きに行ったんだけど、辰鼓楼がシートで覆われてて…どうしちゃったの?
大がかりな修理をしとるところじゃ。長い間、雨や風にさらされて、外側に貼ってある木の板が傷んできたり、中の柱が少しずつ傾いてきたからのぉ。前回の大修理は、昭和3年~4年にしたらしいで、およそ90年ぶりじゃ。
何のために、あんなに大きな建物を作ったの?
辰鼓楼は、今から146年前の明治4年に完成したんじゃ。江戸時代には、お寺の鐘で城下町に時刻を知らせとったが、明治時代になって、太鼓で時刻を知らせるようになった。これは想像じゃが、より高いところで太鼓を鳴らした方が皆に聞こえると考え、今の高さの辰鼓楼が作られ、その最上階で太鼓をたたいて時刻を知らせたんかのぉ。
私は太鼓をたたいているところを見たことないなぁ。
辰鼓楼が建ってから10年後の明治14年に、出石のお医者さんから寄付された時計を取り付け、今のような時計台に生まれ変わったんじゃ。実は札幌市時計台と辰鼓楼は、同じ年に時計が取り付けられとる。「日本最古の札幌市時計台と同級生」なんじゃ。
大修理って、どんなところを直しているの?
「外側の板」は、全部取り替えるぞ。中の柱や横に渡されている「梁」という部分も傷みの激しいところは取り替えじゃ。それと、今よりも頑丈にするために、今まで一部しか取り付けとらんかった金物も増やすそうじゃ。10月7日(土曜日)には修理現場見学会を予定しとる。
新しくなった辰鼓楼を早く見たいな。
10月中には、修理工事は終わる予定じゃ。11月3日(金曜日)の出石お城まつりでは、きれいになった辰鼓楼を見られると思うぞ。
注:子どもさん用に、振り仮名を振ってある広報版もあるぞ!
下部からダウンロードして読んでくんねぇな!
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