コウノトリの歴史 江戸時代まで

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ページ番号1004036  更新日 平成30年5月23日

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ともに暮らしていたころ

かつて全国で見られたコウノトリは吉兆を表す鳥であるとともに、田植え後の苗を踏み荒らす害鳥でもありました。

延享(えんきょう)元年(1744年)

出石島村(現出石町嶋)にて、出石藩3代藩主仙石政辰(せんごくまさとき)がコウノトリの狩りを行う。

天保(てんぽう)年間(1830年~1843年)

出石藩7代藩主仙石久利(せんごくひさとし)は、室埴(むろはに)村(現出石町細見)の桜尾山に営巣するコウノトリを瑞兆と喜び、「鶴山」と名付けて禁猟区にし、コウノトリを保護。

安政6年(1859年)

出石町伊豆村(現出石町伊豆)で、「植田に鶴、唐鳥(トキと推定)が踏み込みに付き威筒願い」と出石藩幕末期の執務日誌『御用部屋日記』に記述されている。

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