トップページ>国府・国分寺とは 
   国府・国分寺とは
   Kokufu and Kokubunji
国府・国分寺とは


* 国府とは

 それは、今から1250年も昔−。日本には60数ヶ国があり、それぞれの国には、国府とよばれる役所がおかれていました。国府は、現在の県庁のような役所を含む、さまざまな施設が集まった地域のことです。そして、そこには現在の知事にあたる役人(国司)が都から派遣され、各国を治めていました。


* 国分寺とは

 天平13年(西暦741年)、聖武天皇は諸国に国分寺と国分尼寺の建立を命じました。この頃、国内では地震や飢饉などの災害が相次ぎ、天平12(740)年には、藤原広嗣(ひろつぐ)の反乱が起きるなど、鎮護国家の願いは高まっていました。聖武天皇は、仏教の力で社会や政治の不安を鎮めようと考えたのです。その命を受け、諸国は国分寺の建立に取り組んでいきます。

奈良時代の近畿地方
国分寺  国分尼寺




  • 〒669-5305 兵庫県豊岡市日高町祢布808
  • TEL 0796-42-6111 FAX 0796-42-6112
  • Copyright(C)2005 Museum of Tajima Kokufu and Kokubunji All rights reserved.